【望星アンコール あの日あの記事】だしは自然と人間の叡知の結晶です――世界に、何より日本人に知ってほしい食文化――

だしと醤油の歴史や、できるまでの過程、そこに息づく知恵などを、科学的裏づけもふまえながら丹念に追ったドキュメンタリー映画『千年の一滴 だし しょうゆ』。監督の柴田昌平さんに、撮影中に実感しただしの魅力について聞いた。

千年の叡智

――『千年の一滴 だし しょうゆ』は、内容もさることながら、個人的にはまず「千年の一滴」という表現にしびれました(笑)。

 ありがとうございます(笑)。
 まず、だしの話でいうと、日本でだしが使われ出した起源は、仏教伝来の千五百年前にさかのぼります。仏教が入ってきて肉食が禁止され、肉に代わる「うま味」と栄養源を探し求めてきた結果、行き着いたのがだしなんですね。

 インドをはじめ、肉食を禁じられた民族はほかにもいます。インドの場合はそこで、油を使ったり香辛料を発達させたりしたのですが、日本人は油や香辛料は使わず、うま味という独特の味覚をベースに食を発展させていったわけで、これは人類史的にも稀有な例だと思うんです。

 それから、醤油を作るには麹菌というカビが欠かせません。麹の発酵作用で、醤油、酒、みりん、そして味噌も作られている。そのカビを専門に扱う商売が、いまからおよそ八百年前には存在しているんです。ですからだしと醤油、どちらも約千年の時を経て、現在われわれの食卓にあるわけです。

――この二つをテーマにしようと思われたのはなぜですか?

 きっかけはNHKスペシャル『クニ子おばばと不思議の森』という番組で伝統的な焼き畑農業を取材したことです。この農法を活用してシイタケを栽培している椎葉クニ子さんという九十歳のおばあちゃんを取材し、自然の循環を生かしながら生きてきた人間の知恵を目の当たりにしたとき、だしも自然と人の知恵の産物ではないかと思い当たったんです。

 だしを追いかけていくと、まさしく日本列島の自然と日本人の知恵を凝縮したものであることがわかります。鰹節にしても、昆布にしても、干しシイタケにしても、そこには自然と向き合ってきた日本人の叡智が詰まっている。でも、そのことを知らない人が、日本人の中にも意外と多いですよね。

――たしかに、昆布漁では生育二年目のものだけ取るとか、麹菌のみを扱う「もやし屋(種麹屋)」という職業があることを、この作品を見て初めて知りました。

 でしょう? もやし屋も、知っているのは菌に関わる農大生の生活を描いたマンガ『もやしもん』を読んでいる人ぐらいじゃないでしょうか(笑)。

 森とシイタケの循環の仕組みや、鰹節がカビによって作られていくということを、僕自身も知らなかったし、一般的にも知らない人のほうが多いんじゃないか――。そう考えて、自然の持つすごさを証明したいと思ったのが制作の発端です。

日仏共同制作裏話

――作品はフランスとの共同制作ですが、世界三大食文化のひとつである料理を生んだ国の人たちと作ったというのもおもしろいですね。 

 最初から国際共同制作ということでやりたかったんです。日本のドキュメンタリーって、実は世界でまったく受けないんですよ。海外の人に日本の作品がうまく届かないことにずっと忸怩たる思いを抱えていて、自分たちの目で捉えた自分たちの文化を、問題点も含めて伝えたいとずっと思っていました。

 だしの背後に広がる奥深い世界は、国際的な共同制作ができるテーマではないかと考えていて、人類の営みの中に日本の食を位置づける視点で作りたいという企画アイデアとなりました。

 そこで、二〇一一年に世界のドキュメンタリー・プロデューサーを呼んでやりたい企画をプレゼンテーションする「Tokyo Docs」という国際ドキュメンタリー映画祭に企画を出したところ、三つの優秀賞のひとつに選ばれたんです。

――そこでフランスのプロデューサーが共同制作に名乗りを上げてくれた?

 実はフランス以外に、アメリカとオーストラリアも手を上げてくれたのですが、アメリカからは「ついでに寿司と天ぷらも合わせて、エンターテインメント食シリーズでやってほしい」と言われ、オーストラリアにも「シェフが出てくるクッキング番組にしてほしい」と言われて、あまり気がのらなかったんですよね(笑)。

 そのなかにあってフランスは、日本の食は自然とともにあるという部分に、もっとも興味を持ってくれた。映画の予告編で、フランス人プロデューサーのひとりが「フランスで料理の主役はシェフだけれど、和食は自然についての人々の知恵が集積してできあがっている」と語ってくれていますが、まさに和食を成り立たせている本質の部分に着目してくれたんです。

 制作の途中で、あまりに映像が地味なのでちょっと心配になってしまって、「神楽の映像でも入れたほうが、画が華やかになっていいんじゃないか?」と悩んだときもあったのですが、彼らから「君がやりたいことはそういうことじゃないだろう?」と言われ、迷いが吹っ切れたこともありました。これがアメリカのプロデューサーだったら「いいじゃないか! バンバン入れよう!」となったかもしれません(笑)。

海と森の民の知恵

――京都の老舗料亭を主体に昆布と鰹節を取り上げ、曹洞宗大本山・總持寺の精進料理から干しシイタケにつなげていく。こうした映像の構成は最初から決まっていたのですか?

 だし編については決まっていました。大きな自然をテーマにだしを追ってみたいということも。

 実際の制作段階では、京都の老舗料亭に泊り込んで撮影させてもらい、和食にはだしが本当に大事なんだとわかりました。朝いちばんで、井戸からいい水を汲んで、昆布と鰹節で一日分のだしを引く。〝引く〟という言い方をするのは、自然の恵みを〝引き出す〟という意味なんです。

 自然の恵みは、昆布は北海道から、鰹節は日本最大の鰹節産地である鹿児島県枕崎から、というふうに、北と南の海からもたらされます。一方、肉食禁止の精進料理では鰹節は使えませんから、代わりに干しシイタケを使います。そのシイタケの最も原始的な栽培法が十七世紀に発明された「鉈目法[なためほう]」で、それをいまでも伝えているのが、先ほど出てきた椎葉クニ子さんです。

 昆布にしても、鰹節の「本枯節」にしても、シイタケにしても、自然と人間との間で育まれた代々の知恵が、脈々と受け継がれているんですね。

 たとえば伝統的な手法で作られる本枯節は、叩くとキンキンと澄んだ音がする。割ってみると中はガラス質で、中心が宝石のルビーのように輝いています。そこまで仕上げるのには、カツオを一ヵ月ほど煙で燻し、室[むろ]に置いてよいカビをつけ、そのカビを育てては落として天日で乾かす作業を最低四回繰り返さなくてはならない。カビの力なくしては本枯節は作れません。 

 昆布も、漁は夏の時期、一日三、四時間しか行なわれません。乱獲を防ぐために、漁師たちが自ら制限しているんです。取った昆布は一度乾燥させた後、今度は宵に浜辺に並べて夜露にさらします。オーシャン臭と呼ばれる独特の海のにおいを消すためです。

 そもそも昆布を食材として食べるのは、日本だけなんですよ。ヨーロッパでも昆布は使いますが、用途は畑の肥料ですし、中国では薬です。そういう意味では、昆布をだしにしたのはすごい発明ですよね。なんで思いついたかが本当に不思議で、それはまさに知恵としかいいようがない。

――日本人には煮干しだしも馴染みが深いものですけれど、なぜ煮干しは取り上げなかったのですか?

 それ、よく聞かれるんです(笑)。日本でいちばん多く使われているだし食材ですし、もちろんおいしいんですけれど、煮干しは映像で「叡智」を伝えるのが難しくて(笑)。なので最初から台本には入っていませんでした。

 だしを切り口にすると、それこそ日本にはアゴだし、アユのだしと、いろいろなだしがありますが、今回はおいしい和食紹介ではなく、本質を伝えたいということもあって、「だし」の王道御三家に絞りました。

大事なのにお手軽

――撮影で印象に残ったことは?

 だし編を作っているときに、微生物の存在に興味を持ったことで、しょうゆ編が生まれたのですが、取材していておもしろいと思ったのは、発酵の元であるアスペルギルス・オリゼという麹菌が日本にしか存在しないということです。というのも、オリゼは日本人が作り出したものなんです。

 オリゼの原型は、自然界に存在するアスペルギルス・フラブスという毒性をもつ菌なのですが、種麹屋さんたちが味覚だけを頼りに、長い年月をかけて「よりおいしいもの、より安全なもの」を繰り返し選び取ってきたことで、毒素をもたない独自の菌――アスペルギルス・オリゼが生まれたというんです。すごい話ですよね。

 禅寺での取材も感動しました。食事も修業のひとつで、雲水(修行僧)たちは、命を犠牲にしてくれた植物に感謝するお経を唱えてから食べ始め、最後に掌に、だしを一滴乗せて米七粒を浸して差し出す。これは、鳥たちに食べさせるためです。「此食遍十方(この食事がすべての飢えた存在に行きわたりますように)」との願いをこめて、いただいた命をみなで分かち合うわけです。

――それが「いただきます」の挨拶になっているんですね。その言葉に込められた気持ちはもとより、いまはだしにしても醤油にしても、それができるまでの自然の恵みや人々の知恵は、あまりかえりみられていない気がします。

「だし」って日本の食文化の中でいちばん大事なものですけれど、それがいまは、いちばんお手軽になってしまった気がしますね。もしかしたら、現代の日本人は本物のだしのおいしさを知らないのかもしれない。

 僕はいま五十一歳で、高度経済成長期に子ども時代を過ごしたんですけど、僕の親は鰹節をかいてだしを引いてということをやっていましたから、その風景をかろうじて原体験として持っています。でも、僕より下の世代には、そういう経験がない可能性が高い。原体験として持っていないと、「だしを引く」はなかなかやらないですよね。

 食材の作り手の人たちは、みんな厳しい現状に置かれています。本枯節作りの名人として登場していただいた今給黎[いまきいれ]さんは、作るのに一年かかる本枯節だけではやっていけなくて、宗田節という、手間のかからない安いもので何とか商売が成り立っている状態です。

 昆布の消費は、問屋さんによると、このニ十年で半分まで落ちてしまったそうですし、醤油蔵も、五年前は約千五百件だったのが、今は千三百件ほどに減っている。伝統を大切に守り続けてきた人たちもみんな高齢で、将来どうなっていくのかと思うと暗澹たる気持ちになります。

――映画には生後六ヵ月の赤ちゃんが、だしだけで煮た十倍粥を初めて口にするシーンが出てきますよね。子どもたちがみな、あんなふうにだしを味わって育ったら、だしや醤油の未来も少し、変わるかもしれません。

 彼は太郎君というんですが、おかゆを食べてとてもニコニコしていたでしょう? 太郎君のあの笑顔は、希望というか、救いですよね。

――若いお母さんが、離乳食のだし用に、ちゃんと削り器で鰹節をかいていたのも印象的でした。

 都内の鰹節問屋さんに聞くと、全体としては消費が減る一方で、こうした伝統食を実践したいという若いお母さんが、健康志向の中で増えていらっしゃるんです。鰹節問屋さんも、このままだと鰹節が過去の遺産になってしまうと危惧されているんですけれど、一方で「唯一の救いが、このようなご家庭の存在です」とおっしゃっていた。いまは伝統的なだしを大切にしていかなければならないと考える方と、そうではない方とで二極化しているのではないかと思います。 

見てほしいのは子どもたち

――映画を見て何を感じるかは人によると思いますが、まずはどのような方に見ていただきたいですか?

 どういうふうに見るかはさておいて、いまは心底、子どもたちに見てほしいと思っています。「シイタケ嫌い!」なんて言わないで(笑)、こんなに多彩な背景があって干しシイタケもできているんだよ、ということを知ってほしいです。鰹節や昆布のだしが、大変な手間と時間をかけて作られているということも理解してほしいし、できたら味わってもみてほしい。子どもたちに知ってもらわないと、日本の食文化の根幹であるだしが、本当に滅んでしまうような気がしていて。

――自分たちの食がこれからどうなっていくのかを考えるきっかけにもなるでしょうね。

 上映が始まったばかりの頃、都内の中学校の給食の様子を見せてもらう機会がありましたが、給食時間が配膳も含めて三十分で、食べる時間は正味十五分ほどしかない現状にびっくりしました。しかも和食メニューなのに牛乳がついている(笑)。まあ、それは置いといて(笑)、食べるということが大事にされていないんだなと痛感したんですね。

 もちろん、現場の栄養士さんはいろいろなことを考えていますし、築地の問屋さんと交渉して食材を仕入れているような食育の意識の高い学校もあります。でも、それはまだまだ一部に限られている。
教育システムという大きな視点で言うと、言葉はすごく悪いけど、子どもたちはブロイラー状態に置かれているように感じるんです。とにかく必要な栄養素とカロリーが摂取できていればそれでいいと。だからこそ子どもたちに見てもらいたいんです。

 もうひとつ、見たら自然を見直すきっかけにもなるとも思います。

 制作中は、すごい食文化を生み出した先人たちに、「ちゃんと受け継がれていますよ」と報告する気持ちで作っていたのですが、撮り終えたいまは、だしを大切にすることは自然を守ることになるんだなと思うようにもなりました。

 たとえば、鰹節を食べると森も守られるんですよ。カツオを燻すのに使う薪は、針葉樹ではダメ。クヌギやナラといった広葉樹でなければ、いい鰹節になりません。広葉樹の薪を手に入れるには雑木林が必要で、雑木林にするには、定期的に伐採をするなど、人の手が絶えず入らなくてはならない。そうやって森も守られていくわけです。

 だから、毎日でなくていい、たまに思いついたときでも、誕生日だからでもいいのですが、「今日は削り器で鰹節をかいて、昆布と合わせてだしをとってみようかな」という人が少し増えるだけで、食文化はもちろん、自然も守られていくことにつながっていくと思うんです。

――映像はフランスとドイツでテレビ放映されました。日本人として気になるヨーロッパの方々の反応は?

 公式ウェブサイトへの書き込みには「太古以来のこの叡智を、西洋も改めて見直そう」「私が近年見た中で最高のドキュメンタリー」など、いろいろな声が寄せられました。伝えたいことは伝わったとわかってうれしかったですね。フランスやドイツの人々に伝えることができた自然の偉大さと人間の叡知の素晴らしさが、結局は子どもたちにも伝えたいことなんです。

(構成・八木沢由香)

※この記事は月刊『望星』2015年5月号 特集「和食探偵が行く —その1 だしって何者?—」より再録しました。

柴田昌平さんの最新作『百姓、わらう。』の公開を記念して、9月16(土)から25日(金)までの1週間、ポレポレ東中野で『千年の一滴 だし しょうゆ』が限定公開されます。詳細は以下でご確認いただけます。

ポレポレ東中野『千年の一滴 だし しょうゆ』アンコール上映
https://pole2.co.jp/coming/6a9a91aa91a8fc4746a0da20

『百姓、わらう。』についてのインタビューは、こちら。
【望星インタビュー】柴田昌平さん――映画『百姓、わらう。』で伝えたいこと
 https://web-bosei.jp/?p=13287

ドキュメンタリー映画監督 柴田昌平

しばた・しょうへい 1963年東京都生まれ。NHK(沖縄放送局、東京・報道局特報部)に4年間勤務の後、日本全国の農山漁村の生活文化を記録する「民族文化映像研究所」で記録映画に従事。31歳で独立し、プロダクション・エイシアを設立。NHKの特集番組のほか、海外放送局との国際共同制作の最前線でも活躍。劇場公開作品に『ひめゆり』『森聞き』『陶王子 2万年の旅』『百姓の百の声』『百姓、わらう。』がある。

この記事をSNSにシェア