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【フォトエッセイ】草木を訪ねて三千里◎藤井義晴――第17回/エジプトのソラマメ畑に寄生するドラキュラ 

第17回 エジプトのソラマメ畑に寄生するドラキュラ 

 エジプトは日本に対して好意的な方が多く、研究上の繋がりで仲良くしています方たちがいます。リームさんというエジプト農務省の女性研究者が博士号を取るための、東京農工大に一年ほど研究に来られていました。エジプト政府の予算での来日で、娘さん三人と、ご主人の大学の先生も同伴され、幼い娘さんたちは日本語が上達して帰国されました。 

 「エジプトに来る機会があれば立ち寄ってください」と言われていたので、国際会議に参加した折、遠慮なく訪問し、ナイル川河口の黄金の三角地帯にある畑や、ナイル川の畔にあるピラミッドなどを案内してもらいました。昔、高校の世界史で「エジプトはナイルの賜物」というヘロドトスの格言を習いましたが、現地でまさに実感しました。 

 “エジプトは7000年前にエジプトのお母さんたちがパンを焼いた発祥の地”という歌もあります。古代ナイル文明を支えた穀倉産地でしたが、最近はロシアとウクライナからの輸入に頼る世界一の小麦輸入国になっていました。しかしウクライナの戦争で輸入が不安定になり、現在は自給自足に力を入れる政策に転向しているようです。 

 訪問は2月だったので、ソラマメ畑が壮観でした。ソラマメは世界最古の豆で、北アフリカ原産とされます。現在もエジプトではよく食べられています。 

エジプトのソラマメ畑(2月中旬撮影)
 花が咲き、実ができはじめていた
ソラマメの花
真っ白な花の真ん中に黒点がある。この黒点が死者の魂を連想させるので、
古代ギリシャ・ローマでは葬式に飾り、実を食べた 

 ソラマメ畑はよく管理されていて雑草は少ないのですが、寄生植物のヤセウツボ(痩靭)の仲間で困っているとのことでした。ヤセウツボは葉に葉緑素を持たない「全寄生植物」で、養分は寄生した植物から奪うので、寄生された植物は枯れてしまうこともあり、ドラキュラのような植物として恐れられています。 

 ヤセウツボはすでに日本にも侵入しています。二十年前に千葉の農家の方が、ソラマメ畑に見慣れない珍しい雑草が生えていると研究所に持ってこられたことがあります。最近では道端でもよく見られるようになってきました、主にマメ科の植物に寄生しますが、日本全国でクローバ(シロツメクサ)が道端や至るところに生えているので、ヤセウツボも今後さらに広がる可能性が高いと思います。すでに環境省が指定する「注意すべき外来植物」のリストにあげられています。種子がとても小さいので、一株でも咲くと、あっという間に広がるので、増やさないようにしないといけません。 

ヤセウツボの全花 

 ヤセウツボの花は綺麗です。しかし調理しても硬く異臭もあり、美味しくないので食用にもならず、なんの価値もない雑草とされ、外来生物法で駆除が呼びかけられています。ですが有用成分を持っている可能性があります。筑波大学の繁森英幸先生らは、アルツハイマー病の原因となるベータアミロイドの凝集抑制物質を発見しておられます。この物質はカテコール構造を持ったドーパミンに類似した物質です。 

 ヤセウツボの仲間には、日本の在来種「ナンバンギセル(南蛮煙管)」があります。花の形が西洋から来た煙管(タバコを吸う道具)に似ているということで、ナンバンギセルという名前が付けられたようですが、万葉集には「思い草」という素敵な名前で歌われています。 

道の辺の尾花が下の思ひ草 今さらさらに何をか思はむ(『万葉集』第十巻2270) 

 秋になってススキの穂(尾花)が出るようになったころ、その下に寄り添うように咲いているナンバンギセルの花は可憐で、か弱い女の人が恥ずかしそうに俯いているようだと『万葉集』の時代の人は考えたようです。弱々しいのですが、あなたのことだけを思っています――という激しい恋の歌です。 

ススキの下にひっそりと咲くナンバンギセル(筑波植物園で撮影)

 ナンバンギセルも、葉緑素を持たない全寄生植物で、花は可憐で弱そうなのですが、栄養素はすべて寄主から奪う全寄生植物なので、寄生されたススキは栄養を取られて成長を阻害されます。 

 そこで、ナンバンギセルを利用してススキを除草しようという方法が提案されています。しかし、陸稲にナンバンギセルが寄生すると収量が減少するという被害も報告されていますので、利用するには慎重な研究が必要でしょう。 

 なお、ヤセウツボがススキに寄生するときには、ススキから信号となる物質が分泌されて寄生の引き金になることが、宇都宮大学の竹内安智先生らによって明らかにされており、学名からオロバンコールと命名されています。このような現象も、植物から放出される成分が他の植物に影響する作用であるアレロパシー(※)です。 

※アレロパシー 作物の根や葉から出る物質が、他の生物に影響を及ぼす現象。作用物質をアレロケミカルと呼ぶ 

藤井義晴
筆者と、とても危険なムクナ野生種(ネパールにて)

ふじい・よしはる 1955年兵庫県生まれ。博士(農学)。東京農工大学名誉教授。鯉渕学園農業栄養専門学校教授。2009年、植物のアレロパシー研究で文部科学大臣表彰科学技術賞受賞。『植物たちの静かな戦い』(化学同人)ほか著書多数。